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〈爻辞〉
「童観。小人は咎なし。君子は吝」
〈読み方〉
どうかん。しょうじんは とがなし。くんしは りん。
<爻辞の意味>
「子供がものを見ているようだ。器の小さい凡人なら、それでも良い。しかし君子ならば恥ずべきことだ」
「仰ぎ観る・観察する道」について説かれた、この「風地観」の卦(か)において、この初爻は、まるで子供のように、目の前のことだけを観ています。
視野が狭く、浅く、遠くまでを観ることができません。
器の小さい凡人ならば、それで良いのですが、もし君子がそのようであるならば恥ずべきことだと言っています。
「占った事柄」と「上記の説明」を、スライドガラスを2枚重ね合わせるようにして解釈してみて下さい。
また、下記の
「加藤大岳述 易学大講座」の要約も、ぜひ併せてお読みになり理解を深めましょう。
<説明の要点>
「童観」というのは、童のような稚ない(おさない)物の観方・考え方を言っています。
見識の低いところです。
それは、この爻が観の始めにある爻なので、まだ幼稚ですし、低い爻なので、観における低級さをこの爻に見たわけです。
これは小人の観で、君子の観ではありません。
ですから「小人は咎なし。君子は吝」なのです。
教育の始めにまず、小学校があり、中学、高校、大学と進みます。
しかし、すべての人が、これらすべての教育を受けるとするなら、かえって国家が滅びてしまうかもしれません。
そういった高次の教育は、必要な人だけが受ければ良く、一般の人は義務教育だけで差し支えないという事になります。
童観は、褒めるほど結構なことではありませんが、小人はかえって、このことによって咎なきを得るのです。
(加藤大岳述 易学大講座 現代語要訳)